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自粛

ニュースより。花見自粛を 都知事が考え示す


石原さんの気持ちはわかります。私もお祭り気分でお花見する気にはなれません。

でもそれは、都知事が強制するものではないんじゃないかな。


震災以来、被災者でもない私の気持ちが暗くなって笑顔が減りました。ごはんをろくに食べれない被災地の方を思って、息子がごはんを残すと叱るようになりました。ここよりも寒い場所で暖をとれない方々を思うと暖房がつけられなくなりました。

結果、長男が不安定になってすぐに泣くようになり、子供2人が風邪ひきました。

それで、「被災者でもない私がこのままじゃいけない。子供の心と体の健康を守らないと。」と思いました。

今は、なるべく笑顔を努め、ごはんは少しづつ出して残しても叱らず、お風呂あがりには暖房をつけ、暖かい日は外で子供を遊ばせています。その上で、できる範囲の節電、募金、支援物資集めをしています。


週末、友人の結婚式があります。自粛して結婚式を延期された方々も多いと聞きます。やるもやらないも正解はなくて個人が決めること。でもやるからには、きちんと明るい気持ちでお祝いしてあげたい。

こないだの日曜日はうちもお宮参りに行きました。境内に咲く河津桜を見て、ガチガチで不安定だった私の心が少し和らぎました。

被災者のことを忘れてはならないと思う。けれど自粛ムードを強制すると、そういったお祝い事すべてが後ろめたくなってしまうし、国全体が元気なくなってしまうんじゃないかな。

被災してない私たちは、常に被災者のことを頭に置きながら、とにかくきちんと生活して税金を払い、今後予想される増税や手当カットを甘んじて受け容れるのがいいんじゃないかな。

少なくとも私はいま、多少無理をしないと元気が出ない。ならば意識して元気を出さないとって思う。

それに、復興支援は長期にわたる。もちろん節電はしなきゃいけないし、食料や消耗品や燃料が被災地にまわらないほど首都圏で過剰に消費されてはいけない。けれど強制的に自粛させてしまうと、自粛が解かれた時には復興支援も忘れられる気がして。考えすぎかしら?


テレビを見ていてよく聞く被災者の言葉。「ありがたい。」っていう言葉。

「自衛隊の方が助けてくれてありがたい。」

「支援物資を送ってもらってありがたい。」

「野菜が買えてありがたい。」

「お風呂に入れてありがたい。」

絶望や不安いっぱいの被災者の方々が、その中で様々なことに感謝している。日本人てすごいなぁって思った。

だから、ほとんど無傷の私たちは、更にそのことに感謝し、私たちこそが頑張らなきゃなぁって思います。

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2011.03.31 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 社会

ぽかぽか

今週末は主人が帰ってきません。新潟には避難されてる方が大勢いて、ガソリンも新幹線の座席も、主人より必要としている人が大勢いるから、今週は新潟にいるよう伝えました。

今日はぽかぽかなので、子供とお外で遊びました。

いつも車が止まっていて日の当たらない駐車場の脇には、春の訪れを知らせるクロッカスが咲いていました。

フォト

昨日おとといと強風が吹き、しなしなになっていた花も今日は元気に咲いている。

フォト

原発で、避難所で、仕事場で…みんなそれぞれ頑張っている。

私にできることは少ないけれど、できることはやって、後は子供を外に連れて笑顔を見たい。

原発はまだ予断を許さない状況だし余震も続いているけど、私の住む東京は屋内避難勧告は出てないし、時々電気が使えなくても家庭ではそんなに不自由しないし、もう少しすればお店の商品も充実するはず。

だから必要以上の心配はせず、暖かい時に外で遊び、お風呂に入って早く寝ます。

みんな頑張れ!!

2011.03.19 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 社会

3.11 たくさんの思いやり

3月11日の午後2時半過ぎ、夕方からの保育園の保護者会を控えていた私は自宅で掃除機をかけていました。
そのため揺れに気付いた時はすでにかなり揺れており、私は慌てベッドで寝ている次男を抱き上げて外へ逃げました。
背後からは、ガシャンガシャン!ドカン!ガタン!と色々なものが落ちる音がしましたが、振り返らずに逃げました。

外に出ても電車に乗っているような揺れ。
10分ほどして家の中に戻ると、キッチンはグラス類がたくさん落ちて砕けてぐちゃぐちゃに。
どこから片付けようか悩んでいるうちにまた大きな余震が来たので、再度一階へ行き、おっぱいを欲しがる次男に玄関で授乳しました。

保育園は電話がつながらず、長男が心配だったのでとりあえず保育園へ行って無事を確認。
当然ながら保護者会はなくなり、私は散乱したグラス類を片付けるために一旦家へ戻り、この時に主人と実家の無事を確認できました。

片付けた後に再度長男のお迎えへ。
保護者会のためお休みをとっていた親が多く、ほとんどの子はお迎えが来て帰っていたのですが、電車が止まって両親共に帰って来れない近所の子がいたので、その子も引き取って一緒に家へ帰りました。

歩いて帰ってきたというその子のお父さんが0時頃引き取りにきました。
お母さんの方はまだ帰れておらず、妊娠中のお母さんだし携帯もつながらないのでとても心配しましたが、歩いている途中でタクシーをつかまえられたと次の日に聞き、ひと安心しました。

実はこの日、保育園の他のお母さんが私がその子を預かっているのを知り、なかなかつながらない電話をかけてきてくれて、赤ちゃんもいるのに大変だから私が代わりに預かろうかと仰ってくれました。平気だよと断りましたが、その気持ちが嬉しかったです。

夜中や明け方も余震が続きました。
甲信越方面の地震で、新潟にいる主人となかなか連絡がつかずに心配しましたが、数時間後に連絡がとれ、15時頃には車で家に帰ってきました。
高速道路はガラガラだったそうです。

夜中から心配で寝れずに起きてしまった私は、とりあえずこれからに備えようと米を5合炊き、パンを焼き、空のペットボトルに水を汲み、魔法瓶にお湯を入れ、昼前には預かった子の家の車に乗せてもらって買い出しに行ったのですが、店はかなりの混雑で水は売り切れ、缶詰類もほとんどなくなっていました。

テレビでは震災や津波の被害が報道され、その目を覆いたくなるような惨事に胸がしめつけられる思いでした。
宮城、岩手、福島それぞれに住む友人に連絡をとりたかったのですが、電話回線をこれ以上パンクさせてはまずいと思い、とりあえず今何ができるかと考え、とりあえずは便器や暖房、ポットの電気を止め、私も役員をやっている園の父母会の会長さんに連絡をし、年度末に余った父母会費を義援金にまわせないかと打診してみると、会長さんも即賛成してくれました。

13日になり、被災地に住む友人数人にメールをしました。

昼過ぎに以前から約束していた弟家族が来訪。ガソリンの入手がかなり困難になっていることを聞きました。

夕飯後に主人はまた新潟へ。
夜になり計画停電の発表がありました。
実はこの日の朝にその旨を伝えるメールが届いていたのですが、本当かどうかわからないし、むやみにまわして都内で買占めが起こり、被災地に必要な物資が届かないことが怖かったので、主人にも伝えずに行動も起こしませんでした。
その情報は正確でしたし、結局買占めが起こってしまいましたが、今も「情報はこまめにチェックして自分なりの判断はするけれど、信用できるか人からの善意の情報でも回さない」でいます。
だって私には真偽を判断するほどの専門的な知識はないし、間違った情報が飛び交って混乱するのは非常に怖いことだと思うから。

14日の朝、交通網がパニック状態になっていることを知り保育園に電話。
自宅で子供をみることが可能な場合はとりあえず1週間くらいは家で見て欲しいと言われました。

近所のママから連絡があり、「ご主人単身赴任中で大変だと思うけど、困ったことがあったら家に寄るから言ってね。」と仰ってくれました。二軒隣のママも「うちは余分に懐中電灯あるから、なかったら言ってね。お米も私が買いに行ってくるよ。」と気遣ってくれました。その気持ちだけでも本当にありがたかったです。
とりあえずスーパー以外でお米が売っているお店を聞いて、午前10時過ぎに子供2人を連れて駅前に買い物へ。

駅前の西友に着いた時、品切れ続出で店を閉めるところでした。
近くのいなげやも混雑で入場制限をしており、店内は非常に危険な状況になっているとのこと。
小さな子供2人を連れてそんなところに入店するのは無理でした。

他にも八百屋や肉屋などのぞいてみたけれど凄い混雑だったので、諦めて教えてもらった米屋に行って米を5キロ購入しました。
米さえあれば母乳は出る。
母乳が出れば、子供2人はなんとかなる。
そう開き直って帰り道に100均を横切ると、いつもよりは混んでいたけれど、子供2人を連れて入れる程度だったのでお店に入って生鮮食品と缶詰を少しだけ購入しました。
パンと水は当然のごとく売っていませんでした。

計画停電中は医療施設などに優先的にガスを使うため、ガス控えてとの報道があったため、帰り次第昼食と夕食の支度をして、いつ実施されるかわからない停電に備えました。
結局この日は実施されず、暖房を使わない以外は普段通りに生活して就寝しました。

15日、今日こそ計画停電があるだろうと、朝から家事をさっさと済ませ、昼には夕食を作って湯たんぽと共にクーラーボックスに入れ、お湯を魔法瓶に入れてその時を待ちましたが、結局回避されました。
それでも暖房を使わないですむように3時半には子供2人をお風呂に入れました。

ちょうどその頃近所のママから電話があり、スーパーに来ているが食料がけっこう売っているので何か買っていこうかとのこと。ありがたく野菜を買ってきていただき、一緒に子供たちを遊ばせて、早めに夕飯を食べて早めに寝ました。ちなみにクーラーボックスに入れておいた夕食と湯たんぽはまだ温かく、両方ともそのまま食べたり使ったりできました。

16日の今日は夕方から停電する可能性が高いので、長男が昼寝から覚めたらお風呂に入って夕飯を作ろうと思います。

夜中の授乳もまだ頻繁だし、余震があるたびに主人のいる新潟は平気か心配になってチェックしてしまうし、あまり夜寝れていません。
その中で昼間元気いっぱいイヤイヤ期の長男と2ヶ月にもなっていない次男をみるのは結構しんどいけれど、被災地に居る方や原発で作業されている方、そのご家族のことを思うと弱音なんて吐いてられないなと思います。

岩手、宮城、福島に住むほとんどの友達とは連絡がとれたり、友人を通じて無事が確認できました。けれどまだ連絡のとれない友達もいます。とても心配だけれど、連絡を待つしかないです。

いま私たちにできること。
一番は息子2人をしっかりと守ること。
そして、節電すること、被災地に求められる日用品やガソリン、灯油等の不必要な買占めはしない、当面は不要な電話はしない。まずはこの3つを徹底しなければなりません。自分の行動1つが、300キロしか離れていない場所にいる人々の命を生かしも殺しもすることを肝に命じなければならないと思います。

落ち着いたら郵便局に行って義援金も送ろうと思います。現在、そして今後の節電で浮いたお金の分だけでも。



本人は東京にいても、東北出身でご家族ご友人が東北にいらっしゃる方はたくさんいます。もしご連絡がとれていない状態ならば、本当に心配されていることと思います。

どれほどのご心痛があることか。
どうかご無事でありますように。

2011.03.16 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 社会

寂しいな。

HMV渋谷が今日閉店 20年の歴史にピリオドだそうです。

よく行ってたお店が閉店しちゃうのは本当にさみしい。

池袋店も閉店したとのこと。池袋に住んでた頃は、休日にちょっと暇な時間ができると行って試聴したり輸入盤買ったり、何度かミニライブにも遭遇して楽しませてもらいました。


パソコンで試聴したり、欲しいCDを簡単に購入できるのもいいけど、ヘッドホンを耳にあてて音量大きめで試聴した曲が自分の胸に突き刺さる高揚感、自分の好きなジャンルやプロデューサーなどからたどって新しいアーティストのCDを選ぶ時のドキドキ感は、ショップでしか味わえない気がします。

ディスクユニオンの中古CDも、お金のない高校時代からお世話になっていました。

最近は全く新しいCDを買っていませんが、体調が良くなったら行くから、CDショップには頑張って欲しいです。でも、このへんの大きな店ってどこかしら?吉祥寺にタワレコがあったような?

2010.08.22 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 社会

8月

今日は本当に暑いです。ですが、昨日今日と、気持ち悪さはあれど吐かずにいるので、このままつわりが終わればいいなと思っています。今日明日と主人が旅行に行ってしまいましたが、姉と姪が遊びに来てくれているので安心です。


さて、8月。8月って、「命」や「生死」について考える機会が多いなぁと思います。あまりにも多くの命が失われた原爆投下や太平洋戦争の終戦、ご先祖様がかえってくるお盆。

今年は日航機墜落事故から25年ということで、久しぶりに「沈まぬ太陽」を読み直してみました。

520人の死。戦争や災害などもそうですが、こういったことが起ると死が数になってしまいます。けれど、1/520の死ひとつひとつに想像を絶するほどの悲しみややりきれなさがある。そんな当たり前のことを改めて感じました。

この事故原因はボーイング社の修理ミスと言われているようですが、今の世の中、人為的なミス、作為的な行動で人の死や病気が数になってしまうことが往々にある。日本だけでみても、飛行機墜落は他にもたくさんあるし、福知山線の事故はまだ記憶に新しい。イタイイタイ病や水俣などに代表される公害もそうだし、東海村の臨海事故だってそうでしょう。ミートホープの事件だってあれだけのことをやって、よくも死者や病人が出なかったものだと思う。体に有毒な汚染米を食用で販売する業者もいる。

防ぎようがなかったものもある。不注意から起きるものもある。けれど、「これくらいなら平気だろう」からはじまる、作為的なものもかなり多い。


今は対象が目の前にないことが多い世の中だからこそ、「やっちゃいけないことはやらない。」という当たり前のことを、企業の言いなりにならずに個人レベルで、自分の行動が何を引き起こすかを考えて徹底し、不正があればきちんと言うべき相手と戦わなきゃいけないんだろうなぁと思います。すごくすごく難しいことだけど。


同時に、最近いろんな事件が起きたり政治家がアクション起こすと、ネット上で「シネ」とか書くだけだったり、ただアンチで批判をしている人が多くて、それを正義だと思っているのなら怖いな、と思っています。


話が脱線しましたが、墜落事故の話に戻ります。遺族の方々は、事故原因を徹底して究明し、それを後に生かしてほしい、死を無駄にしないでくれと言いました。実際にこの事故後に多くのことが改善されました。

戦争で多くの人をなくし、また奪った日本も同じ心を持ち、死を無駄にしてはならないという気持ちで、なぜ戦争が起きたか、一元的な教育の怖さ、原爆の恐ろしさを考え、守るべきところは守り、変えるべきところは変えていけますように。


そういえば、子供を産んで、昔よりご先祖様が近い存在になりました。私も親も「無」から命が繋がって芽生え、産まれ育ってきたんだなぁ、そして最後は「無」にかえるんだなぁ、と。

遥か昔から続く命のリレーです。


命のリレーといえば、改正後の臓器移植法により、ドナーカード不携帯の脳死判定者の臓器移植が行われたことをうけて、「臓器移植は命のリレー」言っている方がいましたが、私の中では、臓器移植は「命のリサイクル」の感覚が強いかな。

不快に感じる方がいたらごめんなさい。このあたりはかなり個人で考え方が違うし、長くなってしまうので書きませんが、私にとっての命のリレーはやっぱり子を産み次の世代を育んでいくこと。そのバトンは、できるだけ希望のあるものにしてあげたいなと思うのです。

2010.08.16 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 社会

行ってみたいなぁ

悪阻でひきこもりなので、ニュースによる日記ばかりです。

「自宅にテレビ設置」を禁止するトルコの村、住民の総意で伝統守る。


テレビよりも、道路つくらない、とか、家増やさない、とかの方が衝撃的ですごいなぁと思ったけれど、それは私がテレビをほとんど見ないからなのかしら。


この人たちが守ろうとする伝統は特別な文化ではなく、人と関わっていく生活であり、自分たちが住んでいる場所。

それを守ることは簡単そうでありながら、実はとても難しいことなんですよね。昔旅行で電気の通っていない、カレン族という村を訪れた時、すごくそれを感じました。

500人という人数は、それを守り続けるのにはちょうど良い人数なのかもしれない。

この場所がただ排他的にならず、観光地化もせず、ここで生まれ育った子供が、ある年になったら旅に出て外の世界を見て、また戻ってくるような場所だったらいいなぁと思います。

2010.08.10 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 社会

死刑立ち会い

■1年ぶり死刑、2人に執行…千葉法相が立ち会う
(読売新聞 - 07月28日 11:29)

2年前、鳩山元法相がベントコンベア発言をした時も日記を書いたのですが、あの時と変わらず、私は死刑推進派でも廃止論者でもなく、なので千葉法相にどちらの意味でも強い感情はもっていませんが、死刑に立ち会ったことはすごいなと思います。タイミングどうこうの話はおいといて。

自分の下した決断、押した印が何を意味するのか、きちんと直面することは、非常に大事なことだと思います。


特に政治家の場合、決断ひとつで何千何万という人々を殺すことができる。それは兵器だったり、病気だったり、法律だったり、形は様々だけれど、自分がそういう立場にいるんだということを常に意識して欲しいなと思うのです。


もちろん政治家だけでなく、建築や機械の設計だって、線一本が人の安全を脅かすことがあるし、医療だって生死と隣り合わせでしょう。お金に関する仕事だって人の一生を左右するし、飲食にしたって全てに言えること。そんなことばかりを考えていたのでは、決断という行為が全て恐怖になってしまう。


だけど、いつも常に心の片隅には入れておかなきゃいけないと思うのです。


そんなこんなで何が言いたかったかと言うと、自分の決断の先にあるものを真っ正面から見つめた上で、責任と覚悟をしっかり持って決断する政治家が増えて欲しいなと思うのです。

ちょっとぐらい発言がブレてもいいから、その姿勢を見せて欲しい。口蹄疫問題とか見てても、なんかもうどうなのよ…って思ってしまうから。

2010.07.28 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 社会

ひとりぼっちの日曜日に考えたこと。

ちょっとまじめなお話。

先程、星野道夫の本を読んでいました。
星野道夫はアラスカの人々、自然、野生動物を撮る写真家で執筆活動も行っていましたが、'96にヒグマに襲われ逝去されました。

…近代化の波と共に変わっていくアラスカ原住民の生活。それでも存在する極北の狩猟民としてのの生活。美しく残酷で強くて脆い自然と共存する生活…。
星野道夫はそういったものを写真に撮り、文章にしていました。


話は少し変わって鳩山法相。
死刑執行数が10人となり、これは過去最多に並ぶ、といったようなニュースを何日か前に目にしました。

鳩山法相と言えば以前に物議を醸した発言があります。

「ベルトコンベヤーじゃないけれど、死刑執行は法務大臣の責任においてではなく、自動的に行われるべき。」
みたいな趣旨の発言。

私は死刑廃止論者でも賛成派でもどちらでもないのですが、人道的な意味とは別に、この発言が非常に引っかかりました。

話は戻って、アラスカ原住民たちは自然と共存し、生きるために動物を狩り肉を食べる。そして毛皮を自然に還します。
そこには、星野道夫のように命を落とすことが当然のように隣合わせになっている。

生きること、感謝すること、悲しむこと、喜ぶこと、それら全てが目の前にあることと直結している。行動と結果にリアルに直面している。

片や、多数の国の軍事力は、飛行機からボタンを一つ押すだけで何百万人の人を殺すことができる。

私たちはこの両方の要素が詰まった世界にいる。だから時に矛盾や違和感がうまれる。

鳩山外相に、死刑に立ち会って直面しろとは思わない。

肉を食べる人間は自分で動物の肉をとるべきとも言えない。

だけれど、選ぶことは行動のひとつであり、そこには何かしらの結果が生まれることを受け止め、そしてそれには当然のように責任が存在するのではないかと思います。

これは選挙、仕事、学習、遊び、子供ができること、食べること、生きること全てにおいてそうなのだと思います。

近代文明は様々なことが身近でなくなります。だからこそライン引きが必要であり、倫理や法がある。プロトタイプのマナーがある。

それらはお偉方が決めるだけではなく、自分の生活に合わせて少し考えてみる必要があるのではないでしょうか?

…そんなことを考えた、1人ぼっちの日曜日でした。

2008.04.13 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 社会

日進月歩

さて、楽しかった夏休みも終わり昨日から出社。
新聞当番の私は、会社に溜まった4社分の新聞を読んでいました。

で、気になった記事。

「車いす操作 念じるだけ」

どうやら帽子型センサーをかぶって車いすに乗れば、脳波を読み取って念じる方向に操縦できるらしい。

「右」と念じれば右に行く。
その精度や8割。

確かに体が動かない障害者などにとっては画期的な発明です。

でも、こんなに自然の摂理に逆らって、ヒトはいったいどこへ行ってしまうんだろうと不安になる。

科学や医学の発達が人間にもたらしているものは大きい。
その恩恵はひしひしと感じる。

再生医療も面白いと思う。臓器移植に比べると先が見える気がする。でも、そうやって医療が発達して、やっぱりどこに行き着くんだろうと思う。

五体満足で大病もせず、極々近い肉親や親友を亡くしてすらいない恵まれた環境にいる私がこんなことを考えるのはおこがましいことなのかもしれないけれど、
人間は完全体でなければいけないのか?
いつまで働けばいいのか?
子供が生まれなかったら、どんな医療をしてでも生んだほうがいいのか?
一体いつまで生きればいいのか?

わからなくなる。

科学や医療の発達の恩恵を受けるにはお金が必要で、この先貧富の差が開いていくのが目に見えているこの社会の中で、平等とはなんだろう、自由とはなんだろうと、小学生のようなことを考えてしまいます。

小学校で男女混合騎馬戦が禁止され、男女ともに「さん」で呼び合うことを強制する学校も出てきた日本。
やっぱり不安な気持ちになる。

平等と均一化、自由と選択、幸福と貯蓄、平和と安泰。
一緒じゃないはずだよね?

2006.08.17 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 社会

池袋と麻痺

ちょっとまじめなおはなし。

池袋に住み始めたころ、駅の階段を上ろうとしたら、上から血まみれの男性が転げ落ちてきたことがありました。通行人たちはそれを見ても何もしようとしない。
とりあえず駅員を呼びに行って戻っても、遠巻きに見ているか、迷惑そうに避けて通るだけ。その対応にびっくりして、「みんななんて冷たいんだろう。」と思いました。

そして昨日、池袋で電車から降りたホームに、嘔吐物まみれで倒れている男性がいました。しばらく前からそこで倒れているようだったのですが、誰か既に駅員を呼びに行ったかもしれないな、と思いながらもとりあえず駅員に報告すると、ホームでで倒れている人がいることを知らないようでした。

私はそれを知ってぞっとしました。
いろんな年代の人がこんなにいっぱいいるのに、誰もが無視をしている。これはいったいなんなんだろう、と。
「都会の人は冷たい」とかではないような気がしました。

「なぜなんだろう?」
「酔っ払いには関わりたくないから?」
「終電間際で急いでいるから?」

考えているうちに、高校の時「はだしのゲン」の作者が特別講演会で話した戦時中の話を思い出しました。
それは、「あまりにも人が死にすぎて、道端に死体が転がっていてもなんとも思わなくなった。」という話。

今の池袋はそういう状態なのかもしれないな、と思いました。

池袋中に人が転がっていても、あまり気にならなくなる。麻痺してくる。

そして、私も一緒だなと思った。この年になると、誰かが亡くなったり、病気になったり、傷ついたりすることが増えてくる。そんな話をいっぱい聞いて、そして自分の生活も大切で、そんなことを繰り返していると、他人の痛みに対して麻痺してくる。

ある程度はしょうがないことなのかもしれない。
でも、そのまま流されていくのはとても怖い。

無理にやさしくなろうとは思わないけれど、やさしさがぼろぼろと流れ落ちていくのは食い止めたい。

泊まりにきた友人と「やさしさ」について話しつつ、
そんなことを感じた昨日でした。

2005.11.29 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 社会

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プロフィール

ちぃ

Author:ちぃ
猪突猛進系。
思い立ったら即行動。
嘘をつくのは苦手です。

2男1女の母となり、あっさり親バカになりました。

アトリエ9建築研究所等で不動産コンサルタント1年、建築デザインの設計監理5年経験。出産育児による退職後はsunpolaboを主宰し、暮らす服や雑貨のデザイン開発から制作までを行っています。また、ひとりひとりのポテンシャルを最大限に活かす生活空間づくりの提案等、「まんま暮らし」な衣食住を提案しています。

宅地建物主任者
福祉住環境コーディネーター2級
整理収納アドバイザー1級

家の前は緑溢れる自転車道で近くには小金井公園があり、いつも四季を感じて生活しています。

色とりどりに美味しそうなものが詰まった御膳のようなブログが書けるよう、精進したいと思います。

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